2012年07月05日
祇園
僕たちのいる旧浜岡町池新田には
若い衆たちが引き継いでいる祭の風習があります。
そのひとつの祇園といわれる行事。
昔、田植えを終えて一段落した時、
その年の五穀豊穣と安全祈願をして
幟をあげる。そして雨に絶対濡らさぬよう、
その年の役員、年番といわれる若い衆らが
夜を徹して気をつけながら雨の心配をする。
そして6月24日の宵にあげた幟を
25日の宵に下ろし、行事は一段落し、
夜の宴会となる。
そんな祭も時代とともに人々の生活スタイルが、
農業から工業、自営から勤めに変わるにつれ、
存続が危ぶまれるようになった。
同時に町の発展とともに、元の繁華街は寂れ
そこを屋台が通る理由もわからない位
町並みもかわった。
今本当にどうすればいいのか先が見えないぼど
存続が危うい所に来ていると思う。
子供の頃大好きだった祭。
テキ屋や駄菓子屋でおもちゃやお菓子を好きなだけ買える2日間。
いろんな所で起るケンカや道に倒れる酔っぱらいの群れ、裏路地に連れ込まれる女、
そんな風景を子供ながらに横目で興味津々に見てた。
そして朝になっても続く祭り。この2日間は本当に最高だった。
その祭が今は全く違う。
子供たちは祭よりもゲーム、
無理矢理参加させられ嫌々やってる姿
来年の許可書を出さないと脅す警察。
町の発展とともに移り住んだ人たちからの苦情。
しょうがないっていえばしょうがない。
でもやり続けるよ。元気な限り。
祭は心意気。そんな事を受け継いでるから
まだ未だにみんな頑張ってやってるんだろうな。
形だけになった事も多々あるけど、
毎年の祭は続いていってほしい。
若い衆たちが引き継いでいる祭の風習があります。
そのひとつの祇園といわれる行事。
昔、田植えを終えて一段落した時、
その年の五穀豊穣と安全祈願をして
幟をあげる。そして雨に絶対濡らさぬよう、
その年の役員、年番といわれる若い衆らが
夜を徹して気をつけながら雨の心配をする。
そして6月24日の宵にあげた幟を
25日の宵に下ろし、行事は一段落し、
夜の宴会となる。
そんな祭も時代とともに人々の生活スタイルが、
農業から工業、自営から勤めに変わるにつれ、
存続が危ぶまれるようになった。
同時に町の発展とともに、元の繁華街は寂れ
そこを屋台が通る理由もわからない位
町並みもかわった。
今本当にどうすればいいのか先が見えないぼど
存続が危うい所に来ていると思う。
子供の頃大好きだった祭。
テキ屋や駄菓子屋でおもちゃやお菓子を好きなだけ買える2日間。
いろんな所で起るケンカや道に倒れる酔っぱらいの群れ、裏路地に連れ込まれる女、
そんな風景を子供ながらに横目で興味津々に見てた。
そして朝になっても続く祭り。この2日間は本当に最高だった。
その祭が今は全く違う。
子供たちは祭よりもゲーム、
無理矢理参加させられ嫌々やってる姿
来年の許可書を出さないと脅す警察。
町の発展とともに移り住んだ人たちからの苦情。
しょうがないっていえばしょうがない。
でもやり続けるよ。元気な限り。
祭は心意気。そんな事を受け継いでるから
まだ未だにみんな頑張ってやってるんだろうな。
形だけになった事も多々あるけど、
毎年の祭は続いていってほしい。
Posted by もあい at 21:41│Comments(0)
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